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エドワード・ホッパー (Edward Hopper) - Nighthawks [Jul. 14th, 2007|12:05 pm]
kayto (ケイト)
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以前の映画と絵画の記事の中に出てきたアメリカの画家エドワード・ホッパー
(1882-1967) の「夜の鷹」に関して興味深かった事などを・・・

   

    拡大画像を見る クリックで大きな画像にリンクします。
    (リンク先の絵をクリックすると更に拡大します。)

大きな画像で見ると人物の表情も見えますね。

鷹(hawk)にというタイトルに合わせたのかカップルの鼻がクチバシの
ように尖っていると書いてある説明がありましたが、確かに鷲鼻です。
店員は誰か向かって話しかけているのでしょうか。
後ろ向きの男性の猫背はほんとに寂しげで
背中の左側の影が暗さを際立たせてます。

タイトルも作者も知らなくても何処かで一度は見たことあるこの絵。
描かれたのは第二次世界大戦が始まったばかりの1942年です。




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余談: この絵の英語のタイトルは Nighthawks (ナイトホークス)
複数ですから正式には 「夜の鷹たち」 ですね。

これが実際のNighthawk:
    
        (Source)

鷹という割には以外とカワイイです。
でも羽を広げるとやっぱりワイルド? ⇒ 飛んでいる姿の絵 (Wikipedia)
絵のタイトルは見た目からの連想ではなくて言葉からの連想でしょうか。

Nighthawks は意味としては夜更かしする人たちのこと。
「夜更かし」の人のことを Night Owl (ナイト・オウル=夜のフクロウ)とも言います。
こちらの方が良く使われる表現かも。
フクロウが夜行性の鳥なのは良く知られていますからね。

夜の鷹」ではなくて「夜鷹」でも良いのですけど・・・
よたかだと日本語では別の意味 (江戸時代のストリート・ガール、
つまり「売春婦」) があるので訳は「夜の鷹」にしてみました。
でも「よたか」なんて現代人は使わない言葉ですから、ワタクシのようにすぐに
落語の世界を連想してしまう人間の考え過ぎです。苦笑。

===============

さて、「夜の鷹」のダイナーははニューヨークグリニッチ・ビレッジ
実在した店だそうです。 (ダイナー/ Diner : 〔道路沿いにある〕簡易食堂)

そう、以前の記事でも書きましたが、映画にもなって世界中に多くのファンが
居るロック・ミュージカル「ヘドウィッグとアングリーインチ」のオフ
・ブロードウェイ
での初演の劇場ジェーン・シアターのすぐ近くなんです。

ジェーン・シアター(現在は閉鎖中の様子)が1階にあったウェスト・ビレッジの
リバー・ヴュー・ホテルの外観:

    

1900年代初頭はキリスト教のボランティア人達が運営する宿泊場所の無い
船員のための宿泊施設として使われていたというこの建物、1912年の
タイタニック号沈没の際には救助された人達がここに収容されたという
歴史的な場所でもあります。

この界隈はこんな古い建物がたくさん残されているようで、古くから
ニューヨークのアーチストたちのアトリエや住まいになっているとか。
ホッパーのスタジオもこの近辺にあったそうです。

そして映画好きだったホッパーが通っていた映画館がこのエリアにあり、
「夜の鷹」のダイナーはそのすぐそばにあったとか。

つまり、あのダイナーはホッパーの生活圏内にある身近な場所を描いた
ものだったのですね。

ホッパーが常連だったという映画館
Loew's Sheridan Theater:
   
     Source

この向かいあたりにダイナーがあったわけですね。
60数年前・・・
男性がまだ外出時には帽子を被っていた時代・・・

映画が大好きだったホッパーは仕事に行き詰まると気晴らしに映画を
観ていたそうです。 ダイナーにも立ち寄ったのでしょうか。
それともいつも外側からこのお店を見ていた傍観者の印象なのでしょうか。

では、これらの場所がどのあたりにあったか、見てみましょうか。
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まずニユーヨーク:

  

おいおい、そこからかよ?
ですよね。笑。
以前の記事でもこんなことやってたし・・・進歩なし・・・
取りあえずグーグル・アース的目線ってことで。笑。

もっと近付きましょう。
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まだ遠いですね~。
でも矢印はちゃんとダイナーの場所を指しているんです。一応。
   

   もう少し。
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おっと、今度はいきなり接近。
この写真の中央右に見える大きな看板の下あたりが元ダイナーの場所です!

  
  Source


ここは道が五叉路になっている Mulry Square (ミューリー広場)と呼ばれてる
グリニッチ通り (Greenwich Avenue) と7番街 (7th Avenue) の交差点です。

= = = = = = =
ところで、今更ですが・・・
日本語ではGreenwichグリニッジなんですよね。何故だ?!
グリニッジと書くべきか・・・(同じ綴りでグリニッジ天文台ですものね・・・)
でも、これは論文じゃないし、グリニッチにしときます。
ワタクシのカタカナ表記は時々(いつも?)変だと思うので間違ってたら頭の中で
正して読んで貰えるとありがたいです・・・
英語から正しいカタカナ表記を探すのってけっこう大変なんです。
と、言い訳・・・
= = = = = = =

さて、これは上の交差点の地図です。

  

太めのの矢印が指しているのがミューリー広場の五叉路の中心点。
三角の部分がダイナーの場所で、「夜の鷹」の絵は左の矢印の方向から
見てることになります。

ちなみに、この地図の左上に赤丸で囲った部分がジェーン・ストリート
(Jane Street)
で先の写真のリバー・ヴュー・ホテルがある通りです。


ダイナーがある交差点の現在の様子を空から見るとこんな感じ

  
  Source
                               ↑
右下の白いバンが駐車してあるのがダイナーがあった場所です!!
やっと近付いて来た! 笑。

改めて絵をもう一度。
    

確かに店の左側が尖った角です。
考えて見れば三角の土地を利用して2面をガラス張りにしたユニークな
デザインですよね。

で、この場所が今はどうなっているかというと・・・

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こうなってます。
  
   Source

今は駐車場だそうです。
しかし、この金網の囲いのゴチャゴチャはなんでしょうか?

  再度接近
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    Source

もっと拡大
     
     
  

実はこの場所は現在 Tiles for America (タイルズ・フォー・アメリカ)
呼ばれていてニューヨークの9.11事件メモリアルの一つになっている
そうです。

金網に結び付けられているのは被害者への励ましの言葉をタイルに
書いた世界中からのメッセージ。

9・11テロの直後からこの空き地すぐそばにある病院に大勢の怪我人が
運び込まれて来たそうです。

その人達を励ましたいと思った空き地の隣にある手作り陶器の店の
オーナーの女性がこんなタイルを作って、病院の目の前にある駐車場の金網に
結び付けたそうです・・・

   
       Source


エンゼル
の形をしたタイルですね。

その陶器のお店。

   

お店の名前は Our Name Is Mud

Our Name is Mud = 「私たちの名前は泥んこ
カワイイ名前ですね。

エンゼルのタイルは持って帰った人が居たのでしょう、すぐに数が減ってしまった
そうですが、このことがニュースになり世界中から (日本からも!)タイルが数千枚
単位で贈られて来たそうです。

   
   

オーナーと仲間がボランティアで寒い冬の日々にも夜なべでそれらのタイルを
金網に結び付けたとか・・・ 飾りきれないタイルもまだ数千枚あるそうです。

この写真はダイナーの跡地の形が良く分ります。

  

   ↑ 画像をクリックで拡大写真にリンクします。
   貼ってあるタイルの数が壮観!(Source)
   マーク・ジェイコブスの宣伝も目立ちますね。


上の写真から陶器屋さんの部分を拡大。
空き地の左隣の茶色の建物の1階の青いテントですね。
  
     

=・=・=・=・=・=・=・=・=

その9.11の被害者たちが収容された病院の名前は St. Vincent's Hospital
(セント・ビンセント・ホスピタル)です。
先ほどの地図にも出ていました。

地図をもう一度。
    

  緑
の三角
地帯がダイナー。
  右上のピンクの丸印の建物が病院。
  緑の三角の下のオレンジの丸が手作り陶器のお店です。

確かにこの陶器店のオーナーがタイルを飾った元ダイナーの場所は病院に
出入りする人の目に付く場所です。

9・11直後は様々なものが手に入りにくかったと思います。
そんな混乱状態の中で、とにかく一番身近にある陶器用の土を使って被害者や
周囲の人達を励ましたいとの思いだったのでしょう。

世界中から届いたタイルをボランティアで飾るのも大変だったのでは
ないでしょうかね。暖かい心が伝わって来ます。

またニューヨークに行くようなことがあれば (あるかな・・・) 是非行ってみたい
お店です。


=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=

そうそう、調べていて分ったことなんですけど、
ホッパーが通っていた映画館の建物があった土地は現在この病院が
所有しているんだそうです。

このように話が繋がって行くと不思議な感じ・・・

映画館の跡地は最初ナースの寄宿舎にする予定だったのが実現せず
今は病院の資材の搬入などに使われる空き地になっているとか。

先ほどの映画館の写真を見ると、やはり尖った土地の角にありました。

これですね。
   
   

上の写真が出ていた映画館の資料を読むと、劇場のあった場所は7番街
11番通り
の交差点と書いてあります。 (Source

地図で見ると、
 
   
 

   の三角がダイナー。
   の三角が映画館です。
   真向かい?!
   

映画館の位置は通りの名前からの推測ですが・・・
とにかく全部近いことは確か。


ダイナーの跡地を別の角度から撮った写真:
   
   Source


絵が描かれた当事はこんな感じ・・・

   


最初にも書きましたが、ちょうど第二次大戦が開始した直後でアメリカでも世の中が
暗いムードだったとのこと。ホッパーは、自分は意識はしなかったけれども
その時代の閉塞感がこの絵に現れてたのではないかと語っていたそうです。

ダイナーの出入り口が描かれていないことも閉塞感の表現とも言われています。

ガラスという壊れやすい素材に囲まれ、光々した人工的な明かりに照らされた
人々の不安定な状態を表現しているとも。

この明るいけれど冷たさのあるダイナーの照明は当事開発されたばかりだった
蛍光灯
だとか。 (ダイナーのデザインはアール・デコ・スタイルですね。)


ところで、

ホッパーはその映画館の絵も描いているんですよね。
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Sheridan Theater (シェリダン劇場)と題されたこの絵です。

   

    
右側の手摺りにもたれている人物は女性。
やはり画家だったホッパーのワイフがモデルになったとか。

何だか暗く感じますが、この絵は孤独を表現しているのではないとホッパーは
言っているそうです。

この絵が描かれたころは映画を見ることは最高の贅沢の一つだったとのこと。
天井のデザインなどから見ても時代の最先端のオシャレな場所として
表現したのかも知れませんね。

色調などは現物を見ないと分りませんし。
アメリカに行かなければ見れませんね。

ちょうど今アメリカではニューヨーク州のお隣のニュージャージー州の
ニューワークの美術館でこの絵のデッサンなどを集めた展示会が行われて
いるようです。

ニューワーク美術館の展示会の告知のページにデッサンも1枚出ています。

都市に住む人々の孤独を描いていると言われているホッパーの絵画は
彼が1967年に亡くなってから一層有名になったそうです。

上の美術館のサイトのページの下の方に別の画家が描いた同時代の劇場の
絵も紹介されていますが、ほとんどがこの絵のように劇場の外の様子や、
多くの人が集まる劇場での人々の交流の模様を描いたものが多いとか。

それらと比べてみると、映画鑑賞を個人的な視点から描いたホッパーの
絵のユニークなことが分るとの解説がありました。


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絵のことを調べるつもりが違う方向に行ってしまいましたが、
興味深い事実を知ることができてホッパーの絵が身近に感じることが
ようになったかも。

芸術家は時代を先取りすると言われていますが、ホッパーも
現代人の孤独感を先取りした1人だったのでしょうか。
人物が少ない、あるいは居ない絵が多いです。
(映画館の絵のようにご本人は孤独を描いたつもりではないと
言っているのもワタクシには興味深いところ。)

*ホッパーの絵画のウェブ・ミュージアム: Webmusium, Paris
  このサイトの最初に出ている3つのリンクからそれぞれのジャンルに
  別けられたホッパーの絵を見ることが出来ます。(サムネイルを
  クリックで拡大画像になります。)


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参考にした資料:

Hopper, Edward - The Archive
Jane Street History
Board has idea in the hopper for barren parking lot - The Villeger
911 Memorial in New York, NY - Greenwich Ave. and Mulry
Greenwich Avenue
Our Name is Mud
Tiles For America
Cinema Treasures - Loew's Sheridan
The Newark Museum - Edward Hopper's "The Sheridan Theater"
New York City - Mulry Square
Human Bollards on Mulry Square


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